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東大、2015年度から1時限は105分へ [大学教育について]

 時間割が変わり、これまで駒場キャンパスでは1時限90分、本郷地区キャンパスでは1時限100分が原則だったが、両キャンパスで1時限105分に統一される。2015年度末までに導入予定の4ターム(学期)制は、15年度当初からの導入を基本とする。『東京大学新聞』より

http://www.utnp.org/news/2015105.html

あまり注目されることがなかったが、この変更はなかなか面白い。

日本の大学にいると、90分という時間をどう使うか、これに実に頭を使う。経験すればわかるのだが、人の話を90分聞くのは苦痛以外の何物でもない。教員は90分話すことにいつの間にか慣れてしまうので、メリハリをつけたり工夫して(人によってはだらだらと)乗り切る。そもそも人間は話すことに快感を感じるのだ。

しかし、肝心の学生は、それまで小中高で受けてきた50分の長さと比べて2倍近いこの時間を最初は苦行と感じ、やがて慣れて集中できる学生と、あきらめて時々集中して何とかする学生に二極分化する。(最初から寝るか友だちと話して過ごすという究極のスタイルもなくはない。)

今回の東大の改革案では、105分。記事からはよく分からないが、50+5+50という使い方が想定されているのではないだろうか。50分ふたつの間に5分の休憩が挟まれる。50分に慣れている学生はスムーズに大学教育には入れるだろう。

それ以上に、授業運営ががらっと変わる。50分講義した後に、2セット目で質問を受けることから始める、小テストをして解説をする、視野を広げるビデオをみる、ディスカッションをするなど、色々な展開が考えられる。

講義が50分では短いと感じるかも知れないが、枝葉を切り落とし、それを予習や事前・事後学習教材+小テストで補えば十分可能ではないだろうか。

ゼミであっても、105分を二つに分割して、教員が主体の部分と学生が主体の部分に分割したり、ディスカッションと発表とすることもできる。

もし可能であれば、学期4単位の講義として、週2回一つの単元でこれを繰り返せば相当な学習効果が期待できる。学生はそのような4単位ものを4つ取ることを通常として、5つの履修を例外とすれば、それなりに腰を据えて勉強できるだろう。これはアメリカでの教育形態に少し似ている。そもそも1学期に10近くの講義科目を取らせるような今の日本の仕組みの方が異常だ。何を勉強しているのかよく分からなくなってしまう。(2単位(または1単位)で回すべき授業は例外的に残せばよい。)

またあわせて、卒業単位数を少し減らし、また授業実施週も少し短くした方が日本の大学教育の質を高めることに貢献するだろう。105分化は現状のままの単位計算でも授業実施数を(おそらく)2週間短くすることになり、最終週を試験等に置き換え、12週であればかなり密度の濃い3ヶ月という運用が可能だ。

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趣旨が少し外れるが、90分授業を行っている大学教員にはおなじみの「授業15週化」という大号令は、学生の課外活動にも余裕を失わせるし、教員の研究活動にも支障が多い。大学の先生はこれだから、、というかもしれないが、「夏休み」や「春休み」に死にものぐるいで研究に専念して成果を上げて研究を支えていることを少しは知っていて欲しい。また学生には色々な経験を、海外に、というのはいいが、今の日本の学年暦(カレンダー)ではその時間的余裕がどんどん失われていることを忘れないで欲しい。

(さらにいえば、仕送りも激減している中でその資金を稼ぐためにバイトをしても、昔の大学生よりはるかに賃金の安いバイトしかない。世間の「大人」が思うより状況は厳しく、しかし実は海外に関心のある学生は思われているよりはるかにいるので、必死に時間を作って、外に出て行こうとするし、大学もなけなしの資金から奨学金や留学制度をつくって支援しているのである。)

話を戻す。

90分授業でも似たような運用は可能ではある。45+5+40などの形態で工夫している教員もいるだろう。しかし、やはりちょっと短い。そしてこれでは15週のままで、もう一つの問題をクリアできていない。

ということで、105分化、学期の短縮化、私はとても高く支持している。

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