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仙台,日本国際政治学会 [遠征日記]

10月は,中旬に南京,月末に仙台に出張でした。南京についてはコラムを書くので再掲するとしまして,ここでは仙台を。

日本国際政治学会の全国大会,部会ASEAN共同体の形成で討論者を務めました。
とても豪華なパネルで,報告はアジ研の鈴木先生,九大の清水先生,東大の川島先生,討論は青学の山影先生,慶應の中山先生,司会は東京理科の大庭先生とスター勢揃いです。なぜかここに討論で入れていただけました。

パネルはとても勉強になるもので,基礎に何年も続いた研究プロジェクトがあると,しっかりとしたものがでてくる,と当然のことを思い知らされます。もう少し気の利いたコメントが出来ればと,後悔しました。

東アジアの広域秩序形成は博士論文後の主要テーマ,とはいえまだ6,7年ほどしかやっていないので,自分の中で不足しているものが多すぎです。博士論文をようやく年末に書店に並べられるので,あと5年でこちらも形にしていきたいと思います。

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ザルツブルグ・アメリカ研究セミナー [遠征日記]

9月最終週は,6年ぶりにザルツブルグ・セミナーを訪れました。

思い起こすと前回は助教のときに,東アジアとアメリカから20名弱を集めて1週間,合宿のように開催されたフリーマン財団主催のシンポジウムでした。

久しぶりに訪れたザルツブルグの宮殿(会場)は変わらず美しく,僕たちが泊まる,隣の寄宿舎のような建物は内装がリニューアルされ,空き部屋を観光客に貸し出すようになっていました。(財団として財政基盤を強化するための選択としてのホテル事業なのだと思います。)

アメリカ研究セミナーということで,企画委員会や参加者の多くが地域研究者のため,色々と国際関係の学者としてはその主張の根拠に?を感じることも多かったのですが,それも含めて異なった見方だと理解するようになりました。ただ,一部の参加者のあくが強すぎて,せっかくアフリカやインド,ポーランドなどから素晴らしい人を呼んでいたのに生かし切れていなかったし,東南アジアや韓国,豪州,カナダから参加者がいなかったことも解せませんでした。(西)ヨーロッパと中東にいる,アメリカで教育を受けたひとたちのための会議になってしまっているような,,,。

私のセッションは北京大学のワン先生,Christ大学(インド)のポール先生とアジアとアメリカをテーマにしたものでした。私は,日本におけるアメリカ認識について,バランス良く発表したつもりです。なぜ日本では「反米主義」が相対的に弱いのか,基地問題とは何か,平和安保法制への反対論はなぜおきたのか,日米中関係,さらにインドなどの要因はどのように動くのか,など。

戦後の日本にとって,アメリカが「与えてくれる存在」でありつつ,「疎まれる存在」であることをわかりやすく話した,はずです。まだ勉強中の話で,アメリカ政治に関する講義などを通じて考え続けている内容で,いつか活字にしたいと思っています。

変わらず美しいザルツブルグで,落ち着いてものを考えられたのは良いことでした。

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下地島,宮古島と与那国島 [遠征日記]

2ヶ月ほど,本の出版の最終作業,外部での講義を引き受けすぎた学期初め,出張の三重苦で更新できませんでした。色々とめぐってきたこと,考えたことをやはり記録しておきたいので,ブログを一件ずつ,更新します。

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9月中旬,ある研究所のプロジェクトの調査として,自衛隊の基地が新たに設けられる与那国,また既存設備の更新がある宮古,そして色々話題の下地をみてきました。

日本の西端にあたる箇所に監視の目を置いておくことの重要性,また何かあったときのために一定数の部隊を置いておくことの必要性は頭では理解できます。しかし,現地で色々観たり話をしていると,基地に過疎対策としての副次的効果も期待されていたり,敵からの本格的な攻撃に本当に備えることが出来るのか心配もあったりと,異なる見方もできるようになりました。

それにしても,沖縄は海だけでなく,(当たり前なのだけど)空もきれいで,たとえば那覇から与那国までのフライトは2時間近く小型の飛行機に揺られ,那覇宮古,那覇与那国と往復ばかりの日々でしたが,あまり苦に感じることはありませんでした。

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メキシコ(その2) [遠征日記]

メキシコ自治工科大学での吉田茂チェアの仕事を終えました。

全く新しい環境で授業をするのはチャレンジでした。日本で2単位に相当する21時間も教えるので、こちらから一方的にやるのではなく、ロールプレイ(尖閣有事が人民解放軍の奇襲によって始まった場合,メキシコ外務省日本担当課長として,どのように大臣に対応をレクチャーするか)やグループ報告も取り入れ、様々な角度から学生にアジア太平洋の逆側を考えてもらいました。

これからも学生に教える機会は無理をしてでも引き受けよう、自分は大学教師だと、思いを新たにしました。


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メキシコ自治工科大学で二週間半の集中講義に付き合ってくれた30名の学生たちと。スクリーンをあげていたら端っこに汗 中央は最終日ゲストに来ていただいた山田駐メキシコ大使

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メキシコ文部省はリベラやシケイロスの壁画にあふれています。

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フリーダカロはメキシコを代表する女性画家、しかしその圧倒的な存在感の眉で、様々なTシャツの題材に

夏の集中講義 その2(メキシコ自治工科大学) [遠征日記]

メキシコに来ています。「吉田茂チェア」という通称がつけられたメキシコ自治工科大学(ITAM)に設けられた客員教授職です。(私の場合は客員准教授,ですが汗)

このポストは北岡伸一先生,河東哲夫大使も務められており,国際交流基金の支援を受けています。

3週間弱,ITAMに滞在。日本とアジア太平洋の国際関係を21時間講義(日本の大学の2単位に相当),またメキシコの将来の外交官を育てているマティアス・ロメオ研修所,メキシコ国立自治大学(UNAM)での講演が仕事です。

【ITAMのキャンパス】
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ITAMは,メキシコを代表する私学の雄。4千人強の在学生は,卒業率4割という過酷な状況の中,必死に勉強をしています。UNAMはマンモス大学なので,こちらの方に聞いてもだいぶ異なったイメージです。

【UNAMの中央図書館】
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スペイン語圏,中南米は初体験。大学の教室中では英語で何の問題もないのですが,一歩外に出ると,スペイン語一色。ここまで容赦なく英語が通じない環境は初めてです。。

現在10日目なので,とりあえず挨拶はスペイン語で,Hola!とか,Gracias!が自然と口から出てきますし,メキシコをメヒコ!と言うようにはなりました。

講義は3時間を7回というハードスケジュール。学生も秋学期が始まっているので,私のいる2週半のあいだだけ,普段の講義に加え,かなり余計に授業に出ることになります。

それでも,35名ほどの学生は時間をやり繰りして出席しています。

まあ,午後4時開始の授業は4時10分にならないと人数がそろわず,休み時間を15分取ると30分しないと帰ってきませんが。。。受講態度はいたってよく,プレゼンや質問も相当にレベルが高いので,こういう時間感覚の違いは文化の違い,と割り切っています。

時間の違いと言えば,食事の時間が全く違います。これは本当に衝撃でした。

朝食=9時とか(もっと遅い場合も。7時とかに食べている人は何かの用事がある場合)
昼食=2時から2時半に開始
夕食=結果,とても遅い

それでいて食事が肉,肉,肉なので,そりゃ,,,太ります。メキシコ人のメタボ比率はかなりのものです(男性)。

子どもの肥満も問題なようで,これはコーラなど清涼飲料水やお菓子の影響のようです。

【けどタコスもステーキも抜群に美味しいので困ってしまう】
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授業では,先週の最初の3回(9時間)をかけて日本外交やアジア太平洋の国際関係について基礎的な内容を概説。基本的にアジアについて知識がかなりないのでじっくりと講義しました。

しかし理解力が半端ではなく,今週から新聞記事をもとにした7分間でのグループプレゼンを授業の冒頭にさせているのですが,とても素晴らしいプレゼンばかりです。要点をきっちりと理解したことが明確に分かります。

今週にはちょっとしたロールプレイを取り入れて,日本やメキシコの外交官になったつもりでディスカッションしてもらう予定なのですが,とても楽しみな感じです。

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メキシコシティにはアートも,人類の遺産もあふれています。シケイロス,リベラなど巨匠の作品が街に点在しています。すごすぎます。

【ポリフォルム シケイロス 撮影禁止の、内部の壁画『人類の行進』の素晴らしいこと】
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【リベラによるメキシコの歴史,国立宮殿の一枚】
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【太陽の石】
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たしかに治安は気をつけなければいけないですし,水や食べ物にあたる確率もかなり高いとは言われています(運良く,まだ当たっていないですが)。

それでも,これほどの文化,高等教育のレベルの高さに触れることが出来て,来てよかったと思う毎日です。スペイン語をもう少し,勉強してから来れば良かったと,それだけは後悔です。

【全く読めない,今晩の講演のポスター】
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キャンベラ,シドニーへの冬の旅 [遠征日記]

久しぶりの豪州出張。1年半以上,この古巣キャンベラには来ていませんでした。

南半球はです。[雪]

そしてキャンベラは相変わらず,のどかな田舎です。キングストンの畔にちょっとしたウォーターフロント的な,まあレストランが10近く並ぶ(だけの)通りが去年できたのですが,今回会った友人すべてが「最近いいとこできたんだよー」と誘ってくる,ほどの田舎です。(結局2回行きました。)

今回は国防省,オーストラリア国立大,外務貿易省の順でそれぞれ30名くらいのセミナーを開き,成果報告会をすることが目的。それは集客の面でも,議論の盛り上がりの面でも十分な成果を上げたと思います。

役所で幹部級が10名以上でてくるのは日本では考えづらく,主催者のTow教授の影響力の大きさはわかるのですが,「えっ,下っ端が出てきてメモを後で読めばいいのでは」という知的な議論をさして楽しまない雰囲気のある日本との違いをはっきりと感じます。

到着当日は時間もあったので,戦争記念館を久しぶりに訪れ,シドニー湾をかつて攻撃した日本の潜水艦を眺めたり,相変わらずさらっと「日本軍によりおよそ160名の負傷者が虐殺された」などと書いてある展示などをみていました。(第二次大戦中の東南アジアでの激しい戦闘,また日本軍による戦争捕虜の扱いは日豪のもっとも機微な部分です。別に総理が演説で一度謝ったからといって何でも変わるものではありません。)
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キャンベラの締めくくりは,こちらに滞在している友人一家にお呼ばれして,三人のお子さんとの賑やかな夕食。6年前に博士研究員をしていたとき,もっとも世話になった夫妻で,当時0歳児だった子と会話が出来るようになって,感動。あのつらい冬を乗り越えられたのも,この一家のおかげでした。懐かしの手料理を食べさせてもらい,痛飲。

キャンベラでの日程を終えて,シドニーにプロペラで移動です。この空路は3回に1回はプロペラな気がします。
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アメリカ学部留学時代の友人が,今はこちらで弁護士になっているので,食べ歩き,飲み歩き。シドニー湾のロブスターに,ANGUSビーフ。

シドニー随一のウィスキーバーでは,日本のウィスキーが有名ブランドから新興ブランドまでそろっていて,さらに人気。とても誇らしいものです。
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シドニー空港で,もはや擬人化しているコアラを写真に収めて,帰国しました。往復ともJALは満席。修学旅行の学生が多いのが原因のようです。古い機体なのか,座席はプレミアムエコノミーであったにもかかわらず,とても窮屈。リクライニングしないタイプの座席(一時期はやりましたよね)は本当にとっとと取り外して欲しいものです。
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今回の旅で感じたのは,オーストラリアドルの安さ(1ドル90円)。これは旅行者としてはありがたいのですが。物価は相変わらずで,高いものは高く,水は500mlのペットボトルで2.5ドル(225円),ワインもグラスで17ドル前後(1460円)はします。食事はそこまで高くなく,税込み表示で40-60ドルで相当よいものが食べられると考えると,アメリカより少し安く感じます。

アルコールが高く,ウィスキーのワンショットもそこそこのもので17ドルくらい平気で取られるので,それはつらいのですが。ビール飲むしかないですね,本当に。

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帰国すると,宅配BOXには冬に刊行する単著のゲラが到着。時間の無駄のないこの展開はよいものの,250頁弱の本文,そして761の注をみる校正の大変さに,今は少し身震いしています。

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第1-5日 金沢会議と立ち寄り「帰省」 [遠征日記]

ソウルからの帰国翌日に、再び羽田に。今回は小松。

出張の目的は、今回で2回目となる日米金沢会議。アメリカから20代後半から30代の、明らかに今後政策コミュニティで活躍する方を呼んで、日本のカウンターパートとなる(ように頑張る)僕たちと対話をしようというもの。

前回は12年1月だったので、結構寒さの厳しい時期。今回は(幸運なことに)紅葉の美しい、また(偶然ですが)カニの食べられる時期。

会場(しいのき迎賓館:旧県庁)からの金沢城
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ライトアップされた兼六園(写真で表現できないものの、霞が池の鏡面に映し出された木々の美しさには絶句)
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会議は大成功。参加したアメリカの方々から届くメール。いやー、よかった。

そして、僕としては金沢に加え、母の郷里の福井に立ち寄り、88になる祖母や叔母、従姉妹に会えて、カニに海の幸の食生活。友人の金沢の実家でも歓待。冬の北陸に来れることはあまりなく、すばらしい経験でした。

福井のずわい。(黄色のタグ)
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金沢の寒ブリ。
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金沢のずわい、せこ。(水色のタグ)
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第1-3日目 初吹雪のソウル [遠征日記]

9ヶ月ぶりのソウル。

そして、この冬の初雪に重なりました。気温は氷点下とのすれすれ、風そこそこ強し。。。
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空いた時間にいつものマッサージ屋さんにいくと(ポイントを貯めていたりします、受付のおばちゃんともすっかり馴染みに)、明洞のあたりもすっかりクリスマスの飾り付けが街中にあふれていました。

ホワイトクリスマスをちょっと先取りした気分♪

いや、むちゃくちゃ寒いので、全然うらやましくないと思いますが。

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シンポジウムはコンラッドで開催された、慶南大学校と韓国輸銀の共催。最高級ホテルを使うことからも気合いの入り方が分かる。冒頭、国会議長、統一相など閣僚、元閣僚4名の挨拶が続く。

今回の役回りは、北朝鮮の経済開発への各国の立場について、討論者。メインの討論相手は、アメリカ西海岸の老教授、内容はネット風にいうと、「太陽政策マンセー(万歳)」[ふらふら]

もちろん最近の北朝鮮の経済政策はなかなかのものがあるにせよ、安全保障について一言も言及がない講演。関与政策がこれまで効果を上げたのかの検証も一切無し。

結構厳密に、日本の立場を説明したつもりです。内容は以下。しかし、彼は、「全く同意しない。日本がこれを機会に軍拡したり、敵基地攻撃能力を持とうとしていることを中韓とともにアメリカも懸念している」と発言。

絶対にワシントンの雰囲気とずれているのですが。。。何を根拠に。。。

問題はこのような発言が繰り返されることで、韓国は日米同盟を理解できずに、10月の2+2(日米の外務大臣、防衛大臣会合)で日本の集団的自衛権行使にアメリカも理解を示したときに大パニックになりました。

そろそろ韓国に、日米同盟がどれほどアメリカのアジア戦略で基軸であるのか、気づいて欲しいと思います。

なお、アメリカからの別の参加者、スコット・シュナイダー氏はさすがの一言のコメンタリーを会議直後に発表しています。これこそプロの仕事!北朝鮮の見解を読み解き、経済開発と核開発を同時並行していることの矛盾を鋭く追求しています。

【私の発言内容は以下】

そもそも北の核、ミサイル能力はすでにgame changerとなっており、日米の安保への関心は新たなステージに入っている。日本はアメリカの拡大抑止を引き続き信頼しているが、同時にアメリカとの調整を行いながら、策源地(敵基地)攻撃能力の議論を徐々にしているほどだ。

さて、北朝鮮への開発支援だが、北の指導部において経済開発の優先順位が最も高く、それが非核化(HEUを含み、また国際合意への復帰)、政治改革と密接に結びついているか、確信をもてる情報がなければ、日米韓は慎重に行動しなければならない。

経済関与は非核化交渉とは別個に中長期的目標から行うべきとの考え方もあろう。経済力は我々の力であることも事実だ。しかし、北朝鮮との経済関係をそれぞれの関係国がばらばらに強化することは、交渉力を低下させ、問題の根本的解決を遠のかせる。そして交渉再開や関与政策はその時点での現状を肯定し、固定化する効果があることを忘れてはならない。

制裁を緩めることで得られるメリットが明確ではないなかで、経済開発につながる策を講じることには国内理解が得られないし、意味もない。北の核ミサイル実用化が考えられる中で、同じゲームを繰り返す(そして北の能力増加を食い止められない)ことはもはや出来ない。

北が投資、経済依存の多角化を求めてくるタイミングを見極めることが最も重要。中国がいつまでも北朝鮮を支え続けられることはない。であれば、依存は究極的には、北朝鮮をこちら側に引き寄せるための道ともなり得る。

結論として、関与政策は現時点で何のメリットもない。六者協議マイナス北朝鮮の五カ国がバラバラに開発協力をしないように調整することを考えることが、抑止と対処にかかわる能力の向上と共に今最も必要ではないか。

観閲式 [遠征日記]

来年日本にいないこともあって、今年は自衛隊・米軍関係の行事にできる限り参加しよう(勉強の一環)、という方針で観閲式に参加。

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降下訓練が中止になってしまったことは残念だったけど(百里のブルーインパルス特別展示のときも今年は簡単なプログラムでの実施だった…)、美しい行進、飛行展示をみると、練度と士気の高さがよくわかる。また、装備車両ではUAV(無人飛行機)がでていたのが面白かった。

観閲者訓示では、安保環境維持のための「鎖」をつくる、日米同盟が最も大事な鎖というような言い方をしていたのが印象的。はじめて聞いたような。

同盟ネットワーク、Web化のイメージからの派生系か。鎖で相手をがんじがらめにする、という語感になり、表現としては悪くない。過度にAggressiveでなく、現在の安保戦略の方向性に適した表現。もちろん、誰に対するものかは言わないでも明白な文脈。

けど、憲法9条を伝統的保守主義への「鎖」に、日米同盟を「軍国主義」への「鎖」に(本来は「瓶のふた」)という世間の色んな人たちの使い方に対する反発から生みだされたような、気もする。

マスメディアはもちろんそんな表現の意味を考えることなく、報道。

新潟での学会 [遠征日記]

週末は朱鷺メッセでの学会全国大会。

ひとつ討論をつとめる。少しやり過ぎたのかもしれない。けど、相手の分析枠組みや手法について質す、先行研究との関係で質すという王道を全く外していないつもりだった。互いにプロの研究者という立場で全力で戦うという姿勢で臨んでみた。

新潟では、大好きな「鶴齢」や佐渡の日本酒を飲み、また仕入れることができて幸せ。遠方や普段忙しい友人たちと二日とも痛飲。