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在外研究(おかわり) [スタンフォード日記]

5月からまったくブログを更新していませんでした。

手帳を見返すと、5月は連休最後の台湾での研究報告、RIPS主催シンポジウムでの報告、ハリス提督との懇談など、様々書かれています。研究会も毎日のように都内で出席していて、そういえば、横浜、都内、自宅の往復で疲弊していたのを思い出します。

しかし、5月19日からは2週間、古巣スタンフォード大学へ。3回の講義と、1回の公開講演会が仕事でした。

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昔オフィスをもらっていた一角に部屋をもらい、GSBのダイニングやクーパカフェでお茶を飲み、K&Lでワインを買いました。愛車はヒュンダイのハッチバックでしたが、結構快適でした。当時乗っていたカムリに比べるとエンジンが小さいのでハイウェイで音がうるさいですが。

同僚や、当時からいつも話していた博士課程の友人たちともゆっくり話せて、研究の刺激だけでなく、精神的にも西海岸戻ってきた感が十分に得られて良かったです。

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スタンフォードでの講演内容(正確には前半はトランプ外交を同盟国が一般的にどう読み解いているか話したので、その後半)をオーストラリア国立大学のEast Asia Forumに十三回目の寄稿という形で掲載して頂きました。

昨日の安倍首相の一帯一路への「条件付き」協力表明に締めくくられた、この2ヶ月の日中関係の変化も、トランプ氏との個人的関係構築と並んで日本外交の重要な柱となりつつあるのではないか、それは過去数年、対中バランシング「のみ」に専念してきたとも言える日本外交の変化の兆しかもしれない、という議論を起こすことを重視したエッセイです。

予想通りというか、アメリカ人(東海岸)のウケは非常に悪かったです。けど、日本外交としては、今日中を進めるのはリスク低下、コスト安めのクリーンヒットなのです。

http://www.eastasiaforum.org/2017/06/06/japans-strategic-hedging-under-trump/

スタンフォード日記のおまけ [スタンフォード日記]

昨年の今頃、勤務先のニュースレターに書いたものが今週活字になりました(驚)。
以下に記録のため原稿を転載したいと思います。在外で行っていた研究に評価を頂き、神奈川大学学術褒賞を受賞しました。研究と向かい合う姿勢に同僚、所属先から評価を頂けるとはありがたいことです。

在外研究で考えたこと
 昨年度、在外研究という,まったく自由な,研究のためだけに使える365日を与えられた。一年の間,大量に読み,意見を交わし,そして書く日々を過ごした。様々な分野と世代にわたる研究者とふれあうなかで、研究者として何を生み出すべきか、そのような根源的な問いにも思いを巡らすことになった。
 在外先で感じた「意見を交わす」ことの大切さについてはすでに別に書き記すことができたので(注1)、ここでは研究者にとって「書く」ことの意味について、考えてみたい。

なぜ書くのか
 研究者の卵になった頃,指導教官から「検索に頼るな」と薦められたこともあって図書館の書庫に入り浸ったことがある。数百万を数える書物,そして聞いたこともない洋雑誌の山を前に、研究を活字にするための媒体がこれほどまでにあるのかと,埃くさい書庫の中で驚きを禁じ得なかった。当時の感慨を、さらにスケールの大きい在外研究先の図書館で思い出すことになった。
 そして,至極あまり前のことに——書き残すことでこそ研究者は時空を超えて議論をぶつけられることに——気づかされた。
 もし書かなければ,万巻の書を読んだとしてもそこから生み出された新たな知見を世の中に伝えることはできない。在外先では萌芽期の研究に意見を交わし合うための場が多くあったことにも驚かされたが、意見を交わす場は聴衆が限られ、また記録を残すことがあってもそれは主たる目的ではない。書くことによって考え方は正確に残すことができ,何よりさらに多くの専門家からの批判と検証を受けることになる。それが短い形であっても、または電子的な形でも,異なる解釈、データを残すことは重要だ。
 言語脳科学者の酒井邦嘉の言葉を紹介したい。「研究もまた自分らしい個性の表現なのである。このように考えれば,研究者のめざすものは芸術家のめざす自己表現となんら変わらない。」(『科学者という仕事』より)
 もちろん書くことは責任を伴う。研究者は学術研究をしたもの以外,活字にはしてはならない。批判に対して十分に反論をする材料を持てないのであれば,それを書くことは研究者として無責任としか言い様がないからだ。研究者がその肩書きでコメントをすると、「権威」を利用することでそれなりのものとして一般社会に受け入れられることがある。SNSの流行はその傾向に拍車を掛けている。
 在外先で同世代の研究者が専門性への使命感と社会への責任感のために学究に専念している様を目の当たりにし、論文の質を高めることこそ研究の王道であり、書くことが研究者として背負うべき責任だということを改めて痛感することになった。

預金を引き出して書くのか、貯金をするために書くのか  
 ここからが次のポイントだが、果たして私たち研究者は何を書き残すべきなのだろうか。今やっている研究に決まっているではないか、と反論されそうだが、ここで問題にしたいのはそのアプローチであり、とらえ方のようなものだ。
 私たちはややもすると、長年研究を蓄積し、「預金を引き出すように」書くことが研究ととらえがちである。
 たしかに、大きく預金を引き出して書くべき時はある。十年、二十年と時間を費やしてきた研究を出版する、これはまさに預金を引き出した出版のやり方で、素晴らしいことだ。
 しかし,再び自戒を込めていえば、避けるべきは小さく預金を引き出して書く行為ではないだろうか。研究者としてのそれまでの蓄積を利用して、幾ばくかの追加的な研究で新たな成果を作ってしまうことは安易な道といえる。
 在外先で出会った多くの客員研究者は、研究の幅を広げるため新しいことに常にチャレンジしていた。そこから刺激を受けた私は、書くことにはもう一つのパターンとして「貯金をするために」書くこともあり得るのではないか、と思うに至った。
 (いわゆる文系研究者にとって)書くという行為は,その過程そのものが勉強になる。もともとその論文を書こうと思ったときに、すでに中核となる議論は存在していることも多い。しかし論文をまとめるため、数週間や数ヶ月にわたって関連論文を読み込み、ノートを書きためていくと、様々な発想が生まれくる。
 この1年,書く行為のなかで最も重視していたのは,この追加的な、当初想定していなかった発想を大切にする,ということだった。
 たしかにその時間は回り道のようにもみえ,目の前の出版にとって本質的ではないかも知れない。しかし,自分の今の最大の関心事のごく周辺にある議論は,まさに自分の次の関心事に大きな刺激を与えるものかも知れない。
 そう考えるに至って,それまであまり手に取らなかった文献にも積極的に手を伸ばすようになった。集団的自衛権の問題について論文を作成するに当たって、正戦論やアフリカの紛争研究を読み直した。米中関係の研究では19世紀まで遡り文献を漁った。社会心理学など全く異なった分野の研究にも手を伸ばした。時間は限られていても、少しでも気になったものを一読してみる、または少なくとも心の余裕が出来たら手を伸ばせるところに置いておく。それが「未来」の自分の研究への投資となる。
 しかし、読んだだけでは貯金になりづらい。人間は忘れやすく、研究者も例外ではないからだ。
 メモに残された発想をどのように効率的に残すべきか、「貯金の方法」がこの一年の課題だった。手で書いたメモはすべて撮影し,思いついたことはどんどんとタイプし、Evernoteに記録を残すようにした。発表した文章にはあらゆるところに今後の研究課題を忍ばせた。もちろん、新しい着想から文章を作りだし、新たに発表することもあった。論文という形式を取らずとも、書評や電子版の媒体、会議用ペーパーなど様々な形で文章を発表する機会はある。とくに英語の電子版は多く、それを積極的に活用した。
 書くとは、研究者にとって極めて多くの時間を費やす行為だ。最後に大きく引き出すためにも、貯めるために書き残すという目的はもっと理解されてよいのではないだろうか。特に自然科学の世界では当たり前のことと思われるかも知れないのだが、政治学や法学の研究者も、預金を(大きく)引き出して書くだけでなく、貯めるために書くことも発想の転換として考えてみてはどうだろうか。
 冒頭に引用した酒井の言葉は、長谷川修司による近著『研究者としてうまくやっていくには』で知ったのだが、長谷川の書はこれもまた興味深い、彼の恩師の言葉を私たちに伝えてくれている。
 「研究とは,マラソンを走りながらおにぎりを食べているようなものだ」
 兵糧をどのように作るべきか。そのためにはがむしゃらな努力に加え、一工夫も必要ではないか。

注1)筆者は2014年4月より15年3月まで,長期在外研究員としてスタンフォード大学アジア・太平洋研究センターに在籍した。同大学の研究生活(とくに意見を交わす重要性)については,神奈川大学アジア研究センター,ニュースレター第3号にて紹介した。

帰国 [スタンフォード日記]

この更新をしている今,すでに日本に帰ってきました。

1年間はとても短く,研究の成果をまとめることに3月は専念していました。

そして友だちや同僚との別れはとても寂しく,それでも多くの食事やパーティーをしてもらい,とても楽しい時間を過ごしました。書いている今,ベイエリアに帰りたくて仕方ありません。

日本での生活に慣れるまでかなり時間がかかりそうです。

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プリンストン(ウィルソン・スクール) [スタンフォード日記]

学会のあと,西海岸に帰らず,プリンストン大学に来ました。本気で寒い[雪]

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月曜日は調査を早めに切り上げ,ウィルソンスクールで話す機会をもらえました。過去数年で大きく変化した日本の対外政策をどう説明すべきか,東アジアの大国政治や秩序にいかほどの影響があるのか(ないのか)という点を中心に議論しました。あまりに酷い日本分析が多いので,英語で一本書こうと思っているテーマです。(日本を悪く言っているとか,そういうことではなく,学術的な問いの立て方ができておらず,また日本の学界が本来持っている高い水準を反映できていない英語論文が量産されているのです。)

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90分のレクチャーと質疑のあと,歴史あるプロスペクトハウス(旧学長公邸)にて夕食会。ホストのフリードバーグ先生流で,2時間強の夕食はずっと11名(学部生,博士の学生9名)がテーブル全体で僕と一問一答で議論を続けるという,,,とても刺激的な場でした。学生に夕食にも広く声をかけ,そして議論させるスタイルが素敵です。

東アジア国際関係における日本への関心が学部生でも博士課程でも高まっていることを実感します。翌日,翌々日も,資料調査のため滞在すると話したら,二日間ともランチタイムに論文のことで相談したいと博士課程の学生からメールがあり,ウィルソンスクールのカフェのご飯を食べながらつきあっています。

それにしても寒く,今晩・明朝はマイナス20度です。アメリカの過半が雪国だという事実を久しぶりに再認識しています。空気が澄み渡っているのか,キャンパスの美しさは素晴らしい(写真は大学前のカソリック教会),宿泊先も伝統あるパロマーハウス(大学のゲストハウス)。しかしそれを楽しむ余裕は限りなくないです。

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ニューオーリンズでの学会 [スタンフォード日記]

ニューオーリンズで開催されたISA(国際関係学会)に6年ぶりに参加しました。4日間でパネルが1300立ち,参加者6000名を集める結構大きな学会です。前回はフルペーパーでしたが,今回はラウンドテーブルを大物の諸先生と行い,頭の体操をした感じです。とても嬉しかったのは,イリノイ大学時代の恩師,ポール・ディール先生がISAの会長に就任,その記念講演を聴けたことです。

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ディール先生,イリノイ大学を代表する教師アワードを何年も連続で得ていた先生なのですが,おそろしく厳しく,一年間を通じて週2回か3回の授業にでていたのですが,毎回宿題が大量に出るわ,コメントがびっしり帰ってくるわ(必然的にさらに勉強させられる),試験は5時間以上だわ(留学生(僕だけ)ボーナス2時間付き)。とてつもない人でした。

研究者としては理論の世界ではきわめて有名で(ISA会長になるのだから当たり前ですが),PKOやEnduring Rivalryの研究を切り開いたことに加え,COWのディレクターや平和研究の大量の編著があります。今回の就任講演も,従来の「戦争」にまつわる研究を乗り越えろと,強いトーンをもった内容でした。終わると会場を埋め尽くした500名くらいがスタンディングオベーション,就任をお祝いしました。

写真はその直後に(当時を思い出してとても怖かったのですが,勇気を振り絞って)挨拶したときの写真です。普通にRyoじゃないかー,と覚えてくれていました。(あんなタフな授業に出続ける留学生,ほぼいないので。。。同期(生存者)はロースクールか大学院に進学した感じでした。)

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昼間もいくつか面白いパネルに出れました。ひとつだけ分かったのは,日本について,やっぱり日本の学界の研究水準を分かっている人がしっかりと英語の本を書き,また(自らの国際学会での十分な経験を持って)学生を指導しないと大変なことになる,ということです。

ニューオーリンズは夜も食事やジャズが楽しめるのが素晴らしい。終わってみれば,とても充実した学会参加でした。
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週末は移動日ということで,NYにきました。マイナス1度くらい(なおベイエリアやニューオーリンズは暖かければ25度くらい)ですが,まだ生きています。月曜日からマイナス15度越えのなかプリンストンで調査と報告をします。なぜこの時期にここに来ようと思ったのか,3ヶ月前の自分を呪います・・・来てしまったのはしょうがないので,成果を上げれるように,ケナン文書やダレス文書,ランキン文書を読み込みます。

ロンドン [スタンフォード日記]

サンフランシスコからロンドンにひとっ飛び,チャタムハウス(王立国際問題研究所)で,過去数年取り組んでいるテーマ,災害救援と軍・自衛隊の役割について話してきました。

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驚いたのは登録者が180人以上という集客力や,空いた時間を使って5分ほどのビデオ撮影(講演内容をコンパクトに収録)など,さすがに世界2位に輝くシンクタンクはテキパキしているなぁと。

そしてロンドンはどこを切り取っても絵になるなぁと。パブのビールも変わらず美味しかったです。
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翌日はヨークに,安く入手した一等車チケットで。鉄道博物館。0系も展示されています。

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Jura Superstitionも入手!
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飛行機に乗る前に,4歳と1歳の子どもがいる友だちの家で朝食。片道11時間をユナイテッドのエコノミークラスという修行のようなフライトも,色々と友人に会えた喜びで難なく乗り切れました。

今週はニューオーリンズ,ニューヨーク,そしてプリンストンです。東海岸の大寒波を生き延びられるのか,それが問題です。


オアフ島での休日 [スタンフォード日記]

怒られるかもしれませんが,とある会議のあと,オアフに3泊ほど自腹で延泊してきました。

休暇初日は,先輩とヘリに乗り,45分かけて島を上空から眺め,

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その勢いで,レンタカーでノースショアからぐるっと北東部を回り,
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二日目はカイルアからぐるっと南東部を回り,サンディービーチなどを眺め,

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三日目はパールハーバーでアリゾナ記念館に初めて拝観した後,

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西部のアウラニ(ディズニー)に。

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帰国日は,レンタカーを返す前に,初日に入り方が分からず断念した「この木何の木」のCMでおなじみのモアナルア・ガーデンに。

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250マイル(400キロ)ほどのドライブでした。[車(セダン)]オアフは長さ70キロ,幅50キロ程度なので,結構色々行ったことになります(北西部をのぞき,主要幹線は制覇)。持参したナビや各種ケーブルもあり快適だったのですが,ハワイの道はこちらに比べて少し狭く,また車線変更をかなり繰り返さなければ目的地に着かないのは難儀しました。とはいえ,この時期にもかかわらず,130ドル強+保険(外部で1日9ドル)で乗れ,新型カローラで,ガスも25ドル程度でしたので,かなりお得だったとは思います。

今回は会議でも,この休暇でも多くの友人と新年早々,色々な話をすることが出来て,とてもいい滑り出しです。

今日から仕事始め。ランチから,星岳雄教授,岡本行夫さん,フィリップ・リプシーさんとのパネルディスカッションでした。1年に2回も同じところで話すのは珍しいかも知れませんが,日本イベントは最近人気があります。(その理由は善し悪しですが。)

残り80日を切ってしまいました。。。研究は順調に進んでいるとは言え,アメリカ散策を全くしていないので,どうにか時間をひねくり出したいです。来月はちょっと忙しく,チャタムハウス(ロンドン),国際関係学会(ニューオーリンズ),プリンストンに出没する予定ですが,それまで4週間ほど,机にかじりついて研究したいと思います。

新年をベイエリアで [スタンフォード日記]

明けましておめでとうございます。

年末年始をベイエリアで過ごしています。年末はサンノゼやサンフランシスコで買い物や景色の良いところに行ったり,大先生のお宅でグース(ガチョウ)を頂いたり。大晦日は,同僚の実家で30人でカウントダウンをしました。

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2014年のほとんどは在外研究で過ごしました。研究面では,「米中国交正常化と台湾問題の『不完全な決着』,「東アジアをめぐる安全保障秩序構想」の二つの論文を仕上げました。長年の懸念であった単著のために,どうしても国交正常化の論文を書き終える必要があったので,今は安堵しています。

ほかにも,『自由と正義』をはじめ,色々な媒体に論説を載せることができました。Berlinでの報告も大変思い出深いものになりました。

「最良の敵は良い」。緊急性のある要件ではなく,本当に必要なことをすべきことをすべき。書くと単純なことでも,やはり30代前半には多くの反省があります。この1年は,研究者としての自分がどう時間を過ごすべきか,社会との関わりをどう作るべきか,じっくりと考えることが出来ました。

今年は,研究ではとにかく単著を完成させることがすべてです。もう10年同じ研究をしています。書き直し続けても終わりが見えませんが,少しでも多くの読者を得ることが出来るように,磨いていきたいと思います。十年一剣!

本年もどうぞよろしくお願いします。
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